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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11921号 判決 1999年5月26日

原告 本郷美則

<他1名>

右両名訴訟代理人弁護士 宮之原陽一

被告 亡松下宗之訴訟承継人 松下容子

<他20名>

右二一名訴訟代理人弁護士 大江忠

同 荒尾幸三

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、株式会社朝日新聞社に対し、次の金員を支払え。

1  被告松下容子、被告松下哲朗、被告松下泰三及び被告樋口和加を除くその余の被告らは各一九〇億一〇九七万〇七六八円及びこれに対する平成九年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員

2  被告松下容子は九五億〇五四八万五三八四円及びこれに対する平成九年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員

3  被告松下哲朗、被告松下泰三及び被告樋口和加は各三一億六八四九万五一二八円及びこれに対する平成九年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員

第二事案の概要

本件は、株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞社」という。)の株主である原告らが、朝日新聞社が、ソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」という。)及びニューズ・テレビジョン・ジャパン・リミテッド(以下「ニューズ・テレビジョン・ジャパン」という。)(以下、両社を指す場合には「ソフトバンクら」という。)から全国朝日放送株式会社(以下「全国朝日放送」という。)の株式五一三六株(以下「本件株式」という。)を代金四一七億五〇〇〇万円(一株当たりの代金八一二万八八九四円)で実質的に取得したこと(以下「本件取引」という。)について取締役会で承認決議に賛成し、取引を実行した取締役(ただし、松下宗之についてはその債務を承継した相続人)に対し、朝日新聞社にその損害を賠償するように求めた株主代表訴訟である。

一  当事者間に争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実

1  当事者等

(一) 原告らは、朝日新聞社に対して被告松下容子、被告松下哲朗、被告松下泰三及び被告樋口和加を除くその余の被告ら及び松下宗之(以下「松下ら」と総称する。)の責任を追及する訴えの提起を請求をした日(平成九年六月四日)の六か月前から引き続き朝日新聞社の株式を保有する株主である。

(二) 本件取引が行われた平成九年三月三日から同年四月一日までの間、松下宗之(以下「松下」という。)は、朝日新聞社の代表取締役兼取締役であり、被告松下容子、被告松下哲朗、被告松下泰三及び被告樋口和加を除くその余の被告らは、同社の取締役であった。松下らの取締役への就・重任時期、担当分野等は別紙「役員経歴表」記載のとおりである。

松下は、平成一一年二月九日に死亡した。相続人は、妻である被告松下容子、子である被告松下哲朗、被告松下泰三及び被告樋口和加の合計四名である。

(三) 朝日新聞社は、日刊新聞紙の発行及びこれに附帯する事業を目的とし、資本の額六億五〇〇〇万円(額面株式一株の金額二〇〇円、発行済株式総数三二〇万株)の株式会社である。

全国朝日放送は、昭和三二年一一月一日設立された放送法によるテレビジョン、その他一般放送事業等を目的とする株式会社であり、本件取引が行われた当時、資本金は一二億円(額面株式一株の金額五万円、発行済株式総数二万四〇〇〇株)であった。同社は、定款で、株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨定めており、同社の株式は、証券取引所へ上場されず、店頭登録もされていない、いわゆる未公開株式である。

朝日新聞社は、本件取引以前、自社の名義(二四〇〇株)及び関係者の名義により、全国朝日放送の株式を実質上合計で八一九五株(持株比率三四・一五パーセント)保有しており、実質上の筆頭株主であった。このほか、三五八二株(持株比率一四・九三パーセント)を保有する東映株式会社(以下「東映」という。)、株式会社旺文社(以下「旺文社」という。)の子会社であり、三五五九株(持株比率一四・八三パーセント)を保有するオウブンシャ・アトランティック・ビーブイ(オランダ法人)、一五七七株(持株比率六・五七パーセント)を保有する株式会社旺文社メディア(以下「旺文社メディア」という。)などが全国朝日放送の主な株主であった。

2  本件取引の経緯等

(一) ソフトバンクらは、平成八年六月二〇日、旺文社が子会社を通じて実質保有していた全国朝日放送の株式五一三六株(本件株式)を四一七億五〇〇〇万円で実質取得する旨発表し、同年一二月二日までに右取得手続を終えた。その間、旺文社メディアは、同年一〇月二二日、商号を「ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア株式会社」(以下「ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア」という。)に変更した。

(二) 朝日新聞社は、平成八年八月から九月にかけて、関係者名義で実質的に保有していた全国朝日放送の株式につき自社名義に変更した結果、全国朝日放送の株式を自社名義で八一九五株(持株比率三四・一五パーセント)保有することとなり、名実ともに筆頭株主となった。

(三) 朝日新聞社は、平成九年三月三日臨時取締役会を開催し、ソフトバンクらが実質的に保有している全国朝日放送の株式五一三六株(本件株式)を四一七億五〇〇〇万円で買い取るとの議案を承認可決し、さらに、同月二七日定例取締役会を開催し、本件株式を買い取るため、具体的には、ソフトバンクらが保有するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)の発行済株式の全部を代金一二八億一七二五万円で買い受けるとともに、ソフトバンクらに対し、ソフトバンクらに対するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの借入金債務二八九億三二七五万円を同社に代わって弁済するという方法とする旨の議案を承認可決した。

松下は、代表取締役として、右各決議に基づき、同月二八日、ソフトバンクらとの間で右の契約を正式に締結し、同月三一日及び同年四月一日の二回にわたり、合計四一七億五〇〇〇万円を支払い、本件株式の実質的な買収(本件取引)を終えた。

(四) ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)は、平成九年三月二八日当時、全国朝日放送の株式五一三六株(本件株式)(持株比率二一・四パーセント)を保有するほかは、特にみるべき資産を有していなかったから、本件取引は、本件株式を代金四一七億五〇〇〇万円(一株当たり八一二万八八九四円)で購入したことに相当する。

(五) 朝日新聞社は、本件取引により、全国朝日放送の株式を合計一万三三三一株(持株比率五五・五五パーセント)を保有することとなった。

(六) 松下らは、(三)の二回の取締役会の一方又は双方に出席し、(三)の議案に賛成した。松下らの出席状況は、別紙「取締役会等出欠表」記載のとおりである。

3  訴え提起の請求

原告らは、朝日新聞社に対し、平成九年六月四日、松下らの責任を追及する訴えを提起するよう請求した。

二  争点

本件の主な争点は、朝日新聞社の取締役である松下らが、取締役会において本件取引に賛成して承認決議を成立させ、代表取締役である松下が右決議に基き本件取引を実行したことが、電波法等の法令に違反するか、また、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違背するか、そして本件取引の結果朝日新聞社に損害が生じたかである。

三  争点に関する原告らの主張

1  本件取引の法令・定款違反―絶対的過剰取得

朝日新聞社は、全国朝日放送の株式八一九五株の株主(持株比率三四・一五パーセント)であったところ、本件取引により本件株式を取得した結果、その持株比率が五五・五五パーセントになり、電波法七条の規定に基づく「放送局の開設の根本的基準」等に抵触することとなり、朝日新聞社と全国朝日放送が出資している地方の朝日系列テレビ局の中には放送局を開設する基準を満たさず、再免許を受けられないという損害を被るところが出てくる。しかも、「放送局の開設の根本的基準」は、免許更新の際にその抵触状態が解消されていれば足りるものではなく、電波法七六条一項に基づき、郵政大臣による無線局の運用の停止等の行政処分の対象となり得る。

このように、本件取引は、電波法等に違反し、社会の公器としての性格を有する同社の目的にも反し、また、朝日新聞社の日刊新聞紙の発行に附帯する事業を阻害することにもなるのであるから定款一条にも反することになり違法である。

したがって、本件取引による株式取得は、持株比率が五〇パーセントを超えることとなる部分(一三三一株)については、過剰取得である。

2  善管注意義務又は忠実義務違反

本件取引は、次の理由により朝日新聞社に損害を及ぼす不当な取引であったにもかかわらず、松下らは、取締役会で本件取引に賛成するなどして本件取引を行い、朝日新聞社に損害を与えたものであり、松下らは、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違反した。

(一) 本件株式を取得する必要性はなかった。

朝日新聞社は、平成七年度長期経営計画において、全国朝日放送の株式を取得する計画はなく、電波関係の投資も四〇億六〇〇〇万円を見込んでいたにすぎない。また、全国朝日放送の経営及び株主構成の安定を図るためには、東映との協力関係を強化するという方法が最も有効であるのに、松下らは、その努力をしていない。さらに、朝日新聞社がソフトバンクらとともに全国朝日放送を経営していく上でいかなる支障があるのか明らかでない。以上のように、「メディア複合体への飛躍」という長期経営戦略上の目的があるとしても、これを達成するために、本件株式を取得する必要性はない。

(二) 適正価格を超える不当な価格で本件株式を取得した。

(1) 全国朝日放送の株式一株当たりの価格は、平成九年三月当時、簿価純資産法によると一株当たり三一五万七五五九円、収益還元法(資本還元率五パーセント)によると三一七万四七五一円、類似会社比準法によると四四二万七三八一円である。

したがって、最も高い数字が算出された類似会社比準法による価格を全国朝日放送の株式の適正価格であると判断しても、その価格は四四二万七三八一円であるから、本件取引は、一株当たり、右価格との差額である三七〇万一五一三円の損害を生じさせる違法な取引である。

(2) 仮に、株価を直近の取引事例価格を基礎として算定するとしても、東映が、全国朝日放送の持株数を、平成八年三月三一日の三五八二株から平成九年三月三一日の五〇二二株に増やしているのに対し、ソフトバンクらが全国朝日放送の株式を取得する旨の発表をしたのは、平成八年六月二〇日であるから、本件取引について、いずれが直近の取引事例であるか明らかではない。

また、ソフトバンクらが全国朝日放送の株式五一三六株を代金四一七億五〇〇〇万円で取得したことを裏付ける資料はなく、右取引が合理的な価格算定法によったものかには疑問がある。

さらに、全国朝日放送が、平成一〇年三月二〇日、幕集の方法を第三者割当てとして額面株式二〇〇〇株を発行した際には、発行価額の決定は類似会社比準法によっており、直近の取引事例によって算定していない。そして、その発行価額は、一株当たり七四〇万円であり、本件取引における代金の額と比較しても低い。

(3) 被告らは、類似会社比準法により全国朝日放送の株価を算定すると、平成九年一月から一二月までの間において、おおむねそれぞれ七〇〇万円台から八〇〇万円台の間又は八〇〇万円台から一〇〇〇万円台の間を推移していると主張するが、類似会社比準法によっても不合理でないと主張するために、最も高い株価の出た朝日新聞社の株主総会の直近(同年六月一六日から二〇日まで)の株価を使ったものであり、同年三月三日夕刻の取締役会で本件株式の取得を決定したのであれば、同日の東京証券市場終値によって適正価格を算定すべきである。

(4) 旺文社が朝日新聞社に対して平成七年に本件株式を購入するよう申し入れた際、朝日新聞社の代表取締役であった被告中江利忠ら経営陣は、旺文社に対し、監査法人の鑑定評価書などを根拠に、二〇〇億円の価格を提示した。当時の朝日新聞社の代表取締役であった被告中江利忠ら経営陣は、二〇〇億円を超える価格で本件株式を取得することは割に合わず妥当でないと判断していたことになる。

(5) 電波法は、一般放送事業者が他者に支配されることを間接的に禁じているといえるから、株式の取得が企業支配ないし経営上の主導権の確保を目的として行われる場合にはコントロール・プレミアムを加えた価格で取引が行われるのが通例であるなどといった議論をすることは、電波法の趣旨から許されない。電波法は、企業支配を禁じているのであり、電波法にかかわる企業については、企業支配の理論を使って価格を合法化する主張は許されない。

また、コントロール・プレミアムは、当該株式の発行会社について新たに企業支配を達成しようとする場合の概念であって、朝日新聞社は、平成九年三月当時、全国朝日放送の持株比率三四・一五パーセントの筆頭株主であり、企業支配を既に達成していたから、コントロール・プレミアムなる概念を持ち出す場面ではない。

(三) 本件取引による本件株式の取得は相対的に過剰である。

(1) 本件取引による本件株式の購入代金の額は、朝日新聞社の平成八年三月三一日現在の純資産四三三億八六〇〇万円に匹敵する。また、右代金の支払の多くは、借入れによるしか方法はなく、その金利の負担により資金不足が深刻となる。また、自己資金によって賄った部分も、朝日新聞社が当然他の目的に使用すべき予算を流用したものであることは明らかである。

(2) 朝日新聞社においては、今後膨大な設備投資を必要とするものであり、限られた収益の中で資産配分の判断を誤れば、同社の将来を左右することになる。朝日新聞社においては、大阪本社社屋問題及び印刷過程設備の老朽化問題があり、多額の借入へを行うのであれば、本件株式の取得代金に充てるよりも、右両問題の解消を図るべきであった。

朝日新聞社の昭和五四年当時の巨額の借入金は、本業である新聞発行そのものへの設備投資のためであり、同社にとって必要不可避な費用であったのに対し、本件株式の取得は、同社の本業にとって必ずしも必要性のない投資であり、本件株式の取得のための借入金は、昭和五四年当時の借入金とは、使途の性格を全く異にする。

朝日新聞社が「メディア複合体への飛躍」という長期経営戦略上の目標を掲げているとしても、同社が既に全国朝日放送の持株比率三四・一五パーセントの株主であったにもかかわらず、全国朝日放送の株式をなお新たに取得することは、設備投資等の資金を減額することにもなりかねず、会社資産の配分を不適切にするものであり、数量が増えるに従って段階的に違法となる。

(四) 取締役会における審議は不十分であった。

(1) 本件取引は、総額四一七億五〇〇〇万円という巨額な取引である。しかも平成九年三月二七日の取締役会において審議されたソフトバンクらとの間の契約内容は、複雑な契約形態であって、単純な株式の売買とは違って容易に理解し難いものであった。したがって、本件取引の適否の判断は慎重を要し、十分時間をかけて慎重に審議して結論を出すべきであった。

しかるに、朝日新聞社の本件取引についての取締役会における審議は、平成九年三月三日の臨時取締役会及び同月二七日の定時取締役会の二回にすぎない。また、この二回においては、いずれも総額四一七億五〇〇〇万円という金額の根拠は、何ら説明されておらず、取締役からの質問もなく、審議というには内容のないものであった。

(2) 朝日新聞社は、本件取引について専務会でも検討しているが、専務会の出席者は取締役会構成員のうち四名にすぎず、他の取締役に情報を伝えるものではない。

3  損害 一九〇億一〇九七万〇七六八円

全国朝日放送の株式一株当たりの適正価格は、前記のとおり四四二万七三八一円を上回ることはない。それにもかかわらず、朝日新聞社は、これを上回る一株当たり八一二万八八九四円で取得し、さらに電波法等に違反しあるいは会社の資産配分を誤って過剰に取得したものであるから、朝日新聞社は、本件取引により、次のとおり一九〇億一〇九七万〇七六八円の損害を被った。

(八一二万八八九四円-四四二万七三八一円)×五一三六株=一九〇億一〇九七万〇七六八円

三  争点に関する被告らの主張

1  本件取引の適法性

(一) 原告らが主張する「放送局の開設の根本的基準」等は、放送局の開設基準及び免許の更新基準を規定しているのであって、免許の取消しの要件を規定するものではない。すなわち、法は、五年ごとの免許更新の際に当該基準を充足していることを要求しているにすぎず、一般放送事業者を支配する者が一時的に他の一般放送事業者を支配することとなった場合は、いずれかの事業者に係る議決権保有割合を、両事業者の免許更新時期のうち早く到来する方の時期までに減少させれば足るのである。

(二) ソフトバンクらから本件株式を取得することが経営戦略上必要とされたものであり、ソフトバンクらが「本件株式を一体としてでなければ売らない。しかも、全国朝日放送の株式自体の売却でなく、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)の売却を通じた方法でなければ売らない。」という立場をとっている以上、朝日新聞社としては、本件株式の全部を買い取るか、全く買い取らないかの選択肢しかなかったのである。朝日新聞社は、本件株式を取得しても、速やかに他の安定株主に株式を売却することなどの方策により電波法等上の問題点を解消できるとの見込みの下に、本件株式を取得し、結果として、予定どおり持株比率の引下げを所定期間中に完了し、しかも、譲渡による損失を生じさせなかったのであるから、本件株式の取得が過剰取得であるとの主張は、失当である。

2  本件取引は以下のとおり、朝日新聞社の正当な経営上の目的のため、適正な手続を経て、適正な価格で行われたものであり、取締役会で本件取引に賛成するなどして本件取引を行った松下ら取締役の行為は、合理的な経営判断に基づくものであったというべきであり、善管注意義務又は忠実義務に何ら違反するものではない。

(一) 本件株式取得の目的には合理性がある。

(1) 朝日新聞社は、「メディア複合体への飛躍」という長期経営戦略上の目的に照らして、今後予想されるメディア界における経営環境の激変を乗り切るためには、複合メディアグループとしてのいわゆる朝日グループの結束と強化が不可欠であり、全国朝日放送及びその系列テレビ局の経営を安定させることが必要であるとの認識を有していたところ、全国朝日放送は、朝日グループにおいて、地上波放送キー局という中核的役割を占める会社であり、全国朝日放送及びその系列テレビ局の経営の安定のためには、全国朝日放送の株主構成の安定及び主要株主間の信頼協力関係の維持発展が必要であった。

(2) しかるに、ソフトバンクらは、旺文社から、平成八年六月二〇日、その保有するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)の発行済株式の全部を代金四一七億五〇〇〇万円で取得して本件株式(持株比率二一・四パーセント)を実質的に保有するに至った。

朝日新聞社は、全国朝日放送の経営、株式構成の安定等を図るため、ソフトバンクらとの間で、平成八年一〇月から平成九年二月にかけて、他の大株主の同意を得ることなく全国朝日放送の株式の買増しや実質的譲渡を行わない旨の約束を含む株主間協定の締結を求め、交渉を行ったが、ソフトバンクらは、株式の買増しの権利を留保すること、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアについて一定の範囲で他の第三者の資本参加を自由に認めるべきことなど、朝日新聞社にとって到底受け入れ難い提案に固執し、平成九年二月の段階では、朝日新聞社の同意なく第三者がソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアに資本参加し、実質上全国朝日放送の大株主として加わる可能性をほのめかすようになっていた。

(3) そこで、朝日新聞社は、ソフトバンクらと朝日グループとの間に、メディア戦略についての理念や基本的な考え方に大きな違いがあることが明らかになってきたこともあって、全国朝日放送が朝日グループの中核的存在としてグループ戦略に従い安定した経営を行っていくためには、本件株式を買い取り、株主構成を安定化させることが経営戦略上望ましいとの認識を有するに至ったものである。

(二) 本件株式の取得価格は、適正かつ相当である。

(1) 未公開会社の株式の価格の評価について、独立した当事者間で直近にその未公開株式の取引がされた場合に、当該取引事例価格を基礎とすることは、広く認められた合理的な方法である。ソフトバンクらが、独立の当事者である旺文社から、本件取引の約九か月前に、本件取引におけると同一の代金額で本件株式を実質的に取得したという事実は、本件取引における代金の額が適正かつ相当なものであることを示している。税法上も、未公開会社の株式については、売買実例により得られる評価額を類似会社比準法等の他の算定方法より優先して適用すべきことが定められている。

しかも、通常、いったん第三者が取得した大量の株式を買い取るためには、当該第三者の株式取得後売却までの株式保有コストを買主側で負担するよう求められるところ、朝日新聞社は、その間の金利をすべてソフトバンクらの負担とさせることに成功したのであるから、本件株式の取得は、朝日新聞社に有利な条件で行われたといえる。

(2) のみならず、株式の取得が当該株式の発行会社の企業支配ないし経営上の主導権の確保を目的として行われる場合には、通常の価格を超える価格(いわゆるコントロール・プレミアムを加えた価格)で取引がされることは珍しくないところ、朝日新聞社は、本件取引により全国朝日放送の発行済株式の過半数を取得することとなるから、明らかに「企業支配株式」の取得である。

仮に原告らの主張のとおり、類似会社比準法により株価の算定をするとしても、それにより得られる価格にかなりのコントロール・プレミアムを追加して支払うことが通例といえる。

(3) 原告らは、全国朝日放送の株式一株当たりの価格を簿価純資産法に基づき算定しているが、全国朝日放送は、六本木旧本社等一等地や系列テレビ局の株式等の多額の含み資産を所有し、かつ、首都圏を中心とする地上波テレビ放送局免許や系列テレビ局を通じた全国ネット、膨大なコンテンツ・ソフト(将来再利用可能な番組、放映権)などの会計帳簿には現われないが極めて高い価値を有する無形資産を所有しているのであって、貸借対照表に計上された資産の簿価のみに基づいて株価の算定をすることは、およそ不合理である。

(4) 原告らの採用する収益還元法や類似会社比準法は、本件のように会社の支配権、経営上の主導権の帰すうに直結するような高度の経営戦略上の価値を有するいわゆる「支配株」の取得が問題となる場合における株価の算定方法としては、不適切である。

しかも、原告らは、類似会社比準法により全国朝日放送の株価を算定する際、平成八年三月末現在の数値を基礎としているが、仮に、右方式により株価を算定するとしても、取引よりも一年も前の数値のみを基礎とすることは、合理的ではない。

さらに、原告は、ディスカウント率を七〇パーセントとして、類似会社との比較により得られた推定価格に三割の減額をしているが、全国朝日放送のように近い将来において株式の上場が期待されている優良会社における「企業支配株式」の価格を算定する上で、全く流動性のない株式と同様にディスカウント率を七〇パーセントとしなければならない理由はない。ディスカウント率を八〇パーセント又は一〇〇パーセントとして、類似会社比準法により全国朝日放送の株価を算定すると、平成九年一月から一二月までの間において、おおむねそれぞれ七〇〇万円台から八〇〇万円台の間又は八〇〇万円台から一〇〇〇万円台の間を推移しているのであり、本件取引における代金の額は、決して不合理なものではない。

(三) 本件取引の規模は適正である。

(1) 朝日新聞社のような歴史と伝統及び有形無形の含み資産を有する会社について、帳簿上の簿価純資産額を基準として、それと同額程度以上になれば過剰な資産取得であるという主張は、明らかに不合理である。また、ある特定の一時点での長期借入金の金額との対比により取引規模を過剰とするのも、全く合理性がない。

朝日新聞社は、年間売上高が現在の約半分の二一〇〇億円であった昭和五四年当時、同年三月末時点で借入金の合計が八九七億円であったのに対し、本件株式の取得直後(平成九年四月当時)の借入金の合計が七〇〇億円程度であって、過去に例のないような無理な過剰な借入れとはいえないし、また、朝日新聞社より総売上高、発行部数の少ない日本経済新聞社における平成八年一二月現在の借入金の合計は六八一億円であり、全国紙として朝日新聞社の行った借入れが無理なものとは到底いえない。

(2) 会社の予算をいかなる使途に充てるか、いかなる順序で使うか、資産配分をどうするかはまさに経営判断の問題であって、当該行為が明らかに会社に損害を与える著しく不合理なものでない限り、取締役である松下らにゆだねられるべき性質のものである。

(四) 本件株式の購入価格に関する判断過程は、相当である。

(1) 朝日新聞社は、平成九年一月下旬ころから、本件株式の買収について検討することとなり、同年二月二〇日開催の専務会(出席役員は、松下、被告広瀬道貞及び被告笹井輝雄)において、本件株式の実質的取得の可否、その電波法上の問題等を検討したところ、その際、担当者から、全国朝日放送の株価等に関する情報として、次の点が説明された。

① ソフトバンクらは、朝日新聞社に対し、前記株主間協定の交渉の場において、旺文社からの本件株式の買収価格が四一七億五〇〇〇万円であることを何度も確認していること。

② ソフトバンクの平成八年一一月二六日付け投資家向け説明資料に、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)の株式取得の際にソフトバンクが支払う予定の代金の額が折半の二〇八億七五〇〇万円と記載されていること。

③ ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの平成八年九月期における保有有価証券(全国朝日放送の株式のみ)の簿価が三七四億円余りであること。

④ ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアへの資本参加を求められていた某社に対するソフトバンクの申出価格が、ソフトバンクの公表している購入価格四一七億五〇〇〇万円を購入株式数五一三六株で除した一株当たりの価格を基準としていたこと。

⑤ ソフトバンクらから本件株式の譲渡の意向はあるが購入した価格と同額でなければ譲渡しないとの強い意向が伝えられていること。

⑥ ソフトバンクらが本件株式を上場時まで保持することを希望していること。

(2) また、朝日新聞社は、平成七年ころから、全国朝日放送の株価について、類似会社比準法によるトレースをしており、松下らは、会計事務所や証券会社の株価算定資料を入手してきた一方、未公開株式の売買においては取引事例価格が重視されることや、「企業支配株式」については類似会社比準法等により算定した株価を上回るコントロール・プレミアム付きの価格で売買が行われることがあること、ソフトバンクらが旺文社に対して代金の支払を最終的に完了した時期が平成八年一二月二日であったこと、そのような直近の売買事例である右取引について、いわゆる店頭登録会社であるソフトバンクによる前記取得価格が高額であることなどを理由として違法性を問う声は聞かれなかったことなどを認識していた。

(3) このような検討、調査の結果を踏まえて、前記専務会において、ソフトバンクらとの間で、右両者が取得した価格に近い価格を上限として、本件株式の買取りの交渉を進めるとの方針が確認された。

(4) 前記基本方針の下に、その後の交渉結果と更なる検討結果を踏まえて、平成九年三月三日開催の専務会、臨時常務会及び取締役会において、正式の株式譲渡契約の締結に向けて実務的な交渉と詰めを行うことを前提に、ソフトバンクらが取得した価格と同額で本件株式を買い取る旨の基本合意について、決定がされた。

(5) 朝日新聞社は、基本合意の成立後、コンサルティング会社に対し、類似会社比準法による全国朝日放送の株価の算定を依頼し、ディスカウント率をゼロとした場合が一株当たり七二六万二四〇〇円、ディスカウント率を二〇パーセントとした場合が一株当たり五八〇万九九二〇円との結果を得た。

また、朝日新聞社は、基本合意の成立後、顧問会計事務所や顧問弁護士の関与の下、ソフトバンクらが本件株式を買収した際の契約書その他の関係書類を精査し、ソフトバンクらが旺文社に対して支払った代金の額が四一七億五〇〇〇万円であること、その後ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアに偶発債務等が発生していないことを確認するとともに、旺文社の監査法人から、ソフトバンクらとの契約内容等について確認を得た。

さらに、朝日新聞社は、顧問会計事務所や顧問弁護士のほか、銀行、証券会社の担当者との間で、本件株式の買収について協議、相談をしてきたが、代金の額について問題とする意見は一切なかった。

(6) なお、朝日新聞社は、他の大規模会社と同様に、重要な経営上の決定については、いきなり取締役会で審議、承認するのではなく、担当役員レベルでの慎重な検討を経て、常務会などの場で会社のトップレベルでの判断を行い、取締役会において最終的に審議、承認するという手順を踏んでいるところ、本件取引についても、担当役員レベルで必要な会議を行い、慎重に検討を重ねた上で、平成九年三月三日、専務以上と関係する役員とで構成する会議を開いて方針を決断し、かつ、取締役会に先立つ常務会で議論するとともに、同月二七日、取締役会に先立ち、拡大常務会に諮って承認を得ているのであって、会社として十分な検討、審議を経ているものである。

しかも、朝日新聞社は、平成九年三月三日開催の取締役会において、監査役から、持株比率の関係で電波法上の問題が生じることとならないかという質問及び他の大株主である東映の動向に関する質問がされ、松下がこれらの質問について説明をした上で全員一致で承認決議をしているなど、実質的審議をしていることは明らかである。

3  損害の不発生

(一) 朝日新聞社は、本件取引により、全国朝日放送の株式を五〇パーセント以上保有することとなったが、その後、全国朝日放送の株主三社、朝日新聞社及び全国朝日放送の関連会社四社、金融機関三社の合計一〇社に対し、平成九年九月から一〇月末日までに、その実質保有する全国朝日放送の株式合計一四五二株(持株割合六・〇五パーセント)を、本件取引における代金の額と同額の一株当たり八一二万八八九四円で売却しており、その結果、朝日新聞社の実質的持株比率は、五五・五パーセントから四九・五パーセントとなり、電波法上の問題点もすべて完全に解消された。

(二) また、金融機関等を含む多くの第三者が本件行為と同一営業年度中に全国朝日放送の株式を本件取引における代金額と同額で購入したことは、本件取引における本件株式の取得価額が合理的かつ適正なものであることを示すとともに、本件取引によって朝日新聞社にはおよそ損害が発生していないことを明らかにしている。

第三当裁判所の判断

一  前判示事案の概要一記載の事実に、《証拠省略》を総合すると、本件取引の経緯等について次の事実が認められる。

1  朝日新聞社の放送事業への参入

(一) 朝日新聞社は、昭和二二年七月、放送事業への参入について検討を開始し、まずラジオ局、ついでテレビ局の経営にも携わるようになった。

(二) 朝日新聞社は、昭和二七年に「日本テレビ放送網」(以下「NTV」という。)が設立された際、株式会社読売新聞社(以下「読売新聞社」という。)及び株式会社毎日新聞社(以下「毎日新聞社」という。)とともに資本参加したが、NTVは、設立時から社長を派遣していた読売新聞社が筆頭株主となり、事実上、読売新聞社系のテレビ局となるに至った。その後、朝日新聞社は、昭和三九年、全国朝日放送(当時の商号「株式会社日本教育テレビ」)に資本参加した。そして、昭和四九年から昭和五〇年にかけて、朝日新聞社、読売新聞社及び毎日新聞社の三社がそれぞれ保有していた「TBS」及びNTVの株式の交換を行うとともに、朝日新聞社が株式会社日本経済新聞社から全国朝日放送の株式を譲り受けるなどした結果、「TBS」の株式は毎日新聞社に、NTVの株式は読売新聞社に集中する一方、朝日新聞社は実質的に全国朝日放送の筆頭株主となって、系列テレビ局のネットワークの再編成が行われ、朝日新聞社―全国朝日放送、読売新聞社―NTV、毎日新聞社―「TBS」という新聞各社と系列テレビ局との関係が完成した。

(三) 朝日新聞社は、昭和四五年以降、全国朝日放送をキー局とする全国ネットワーク化に努め、平成七年四月に「愛媛朝日テレビ」が、同年一〇月に「琉球朝日放送」が、平成八年一〇月に「岩手朝日テレビ」がそれぞれ開局するなどにより、平成一〇年一一月現在、他系列のテレビ局と番組を共有しているクロス局を合わせ二五局による朝日系全国ネット網を完成させている。

(四) この間、朝日新聞社は、全国朝日放送との間に、出資や人材の派遣、ニュースの提供、催事の協力などを通して強固な関係を構築してきた。朝日新聞社は、本件取引以前、自社の名義(二四〇〇株)及び関係者の名義により、全国朝日放送の株式を実質上合計で八一九五株(持株比率三四・一五パーセント)を保有する実質上の筆頭株主であった。また、昭和四五年四月以降現在に至るまで、朝日新聞社の取締役であった者が順次全国朝日放送の代表取締役社長に就任しているほか、昭和三九年以降現在に至るまで、朝日新聞社の取締役又は従業員であった者が多数全国朝日放送の取締役又は監査役に就任している。

2  朝日新聞社の経営目標

(一) 朝日新聞社は、昭和六一年、いわゆるニューメディア時代の到来が叫ばれる中で、新聞事業のみに専念することなく、新聞事業以外の営業による収入の割合を高めることによって新聞事業の基盤を固め、長期的に新聞事業の将来を保障するという長期ビジョンを策定した。右ビジョンは、朝日新聞を根幹とした言論・報道機関の使命を果たしつつ、単一商品依存型の経営から脱皮し、総合情報産業化を目指すこと、新聞以外に出版、ラジオ、テレビ、ニューメディアなどあらゆる手段を使って言論・報道・文化活動を展開すべく、情報メディアの急速な発展にいつでも対応できる社内体制を作るとともに、いわゆる朝日グループ全体の結束を図ることなどを指針としていた。そして、朝日新聞社は、平成七年四月には社内に電子電波メディア局を設け、被告夏目求をその担当とした。

(二) 朝日新聞社は、平成八年一月、向こう一五年間における経営の目標を示す新しい長期ビジョン「朝日ビジョン二〇一〇」を策定し、長期経営戦略上の目標として「メディア複合体への飛躍」を掲げ、既存事業の活性化を図り、主力媒体である新聞を更に強化する一方、出版物やイベントなどを拡充し、特に電子電波メディアの育成に努めることを表明した。電子電波メディアの育成については、全国朝日放送との関係の維持、強化を前提としていた。

3  ソフトバンクらが本件株式を取得するまでの経緯

(一) 旺文社の子会社であるオウブンシャ・アトランティック・ビーブイ及び旺文社メディアは、平成七年当時、全国朝日放送の株式をそれぞれ三五五九株(オウブンシャ・アトランティック・ビーブイ)及び一五七七株(旺文社メディア)を保有していた。旺文社は、平成七年、東映など大株主数社に対し、旺文社の子会社両社が保有している全国朝日放送の株式五一三六株全部(本件株式)を売却したいと申し入れた。朝日新聞社に対しては、東映を通じて、売却希望価格を四三〇億円程度とする申入れがあった。

朝日新聞社は、専務会で検討の上、東映との間で協議し、時間をかけて対応することとするとともに、申し入れに応じて株式を買い取る場合に備え、株式価格の検討を行うこととし、朝日監査法人に対して全国朝日放送の株式の評価を依頼し、同監査法人の鑑定評価書を入手するなど旺文社の申し入れに対応したが、旺文社との協議は値段の点で折り合いがつかず、結局朝日新聞社から正式かつ具体的に代金額の提示を行わないまま、「このまま話は塩漬けにしておこう」ということになり、合意には至らなかった。この間、協議は東映を通じて行われており、被告中江利忠(代表取締役社長)、松本知則([専務]取締役)ら当時の朝日新聞社の役員が旺文社の関係者と直接折衝することはなかった。

朝日新聞社は、右協議が不調に終わった時点においても、旺文社を含む全国朝日放送の大株主の間では、全国朝日放送の株式上場のための環境整備を急ぎ、上場前には株式を売却しないということで意見が一致しており、旺文社が事前に他の大株主に了承を得ることなく本件株式を第三者に譲渡することはないものと考えていた。

(二) ルパート・マードック(以下「マードック」という。)(世界各地で新聞、出版等のメディア事業を展開し、オーストラリアを本拠にする国際的な複合メディア企業であるニューズ・コーポレーション・リミテッドの最高経営責任者を務めている)及び孫正義(我が国及びアメリカ合衆国を中心にマルチメディア関連事業を展開するソフトバンクの代表取締役を務めている)は、平成八年六月二〇日、旺文社が実質的に保有する全国朝日放送の株式(本件株式)を取得する計画を、記者会見の場で発表した。朝日新聞社が旺文社からマードック及び孫正義に本件株式が売却されるとの話を聞いたのは、記者会見の直前であった。

(三) 前記計画に従い、ニューズ・コーポレーション・リミテッドの子会社であるニューズ・テレビジョン・ジャパン及びソフトバンク(ソフトバンクら)は、旺文社から、その保有する旺文社メディアの発行済株式の全部(五万二〇〇〇株)を代金一二八億一七二五万円で買い受けた。旺文社メディアは、これに先立ち、オウブンシャ・アトランティック・ビーブイ(なお、同社は、その保有する全国朝日放送の株式三五五九株を、旺文社の関係会社であるJG―コーポレーションビーブイ[オランダ法人]に対して譲り渡す手続をとっていたが、株式名義の書換手続は経ていなかった。)から、その保有する全国朝日放送の株式三五五九株を代金二八九億三二七五万円で買い受けたが、右代金は、ソフトバンクらが旺文社メディアに対し貸し付けた。そして、右各売買の決済は、同年一二月二日までに完了するとともに、旺文社メディアは、同年一〇月二二日、商号を「ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア株式会社」(ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア)に変更した。この結果、ソフトバンクらは、発行済株式の全部を保有するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアを通じて、実質的に全国朝日放送の株式五一三六株(本件株式)(持株比率二一・四パーセント)を保有することとなった。

そして、ソフトバンクらは、ソフトバンクらの代表者を全国朝日放送の非常勤取締役に就任させる意向を表明するに至った。

4  朝日新聞社の対応

(一) 朝日新聞社は、ソフトバンクらが本件株式を実質的に取得するに当たり、全国朝日放送の他の大株主に対する事前予告を行わず、本件株式を実質的に取得した後、他の株主に対して簡単な説明をしたのみで、突然、記者会見の場で発表するという手法を選択したこと、全国朝日放送が定款で「株式の譲渡には取締役会の承認が必要である」旨の規定を設けているところ、ソフトバンクらが本件株式を保有する旺文社メディアを買収するという方法をとることにより、この制限規定の適用を回避したこと、朝日新聞社とソフトバンクらとが経営風土やメディア戦略についての基本的な考え方を異にすることなどから、ソフトバンクらによる本件株式の実質的取得をいわゆる「敵対的な買収」に当たるものと受け止め、強い危機感を抱いた。そして、被告中江利忠の後を受けて平成八年六月に社長に就任した松下を中心に、対応策の検討が行われた。

(二) 朝日新聞社は、まず、平成八年八月から九月にかけて、関係者名義で実質的に保有していた全国朝日放送の株式につき自社名義に変更し、全国朝日放送の株式を自社名義で八一九五株(持株比率三四・一五パーセント)を保有する筆頭株主であることを明確にした。

その上で、朝日新聞社は、平成八年一〇月から、ソフトバンクらとの間で、全国朝日放送の経営や株式保有のあり方などについて株主間協定の交渉を始めた。右交渉に当たり、朝日新聞社は、ソフトバンクらに対し、その役員派遣を認める前提として、①ソフトバンクらが全国朝日放送の経営における朝日新聞社の主導的立場を認めること、②ソフトバンクらが全国朝日放送の株式の買増しをしないこと、③朝日新聞社に対し全国朝日放送の株式の先買権を認めること、④ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの株主構成に変更があったときその内容を朝日新聞社に通知することなどを要求した。

これに対し、ソフトバンクらは、株主権平等の名の下に、右②を文書で合意することに応じず、さらには、事情によって株式を買増しする権利を留保するという点で譲らず、交渉は膠着状態になった。しかも、ソフトバンクらは、右④につき、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアに第三者が資本参加する可能性を示唆した。

朝日新聞社は、ソフトバンクらが第三者に対してソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの株式を譲渡することにより、第三者が、全国朝日放送の株式の譲渡制限を回避する形で、同社の実質的な株主として登場してくるのではないかと懸念した。

5  朝日新聞社による本件株式の取得

(一) 平成八年暮れ、朝日新聞社に、マードック側が本件株式を譲渡する可能性があるという情報が入り、平成九年一月になると、同様の確度の高い情報が寄せられた。朝日新聞社は、専務会における協議の結果、難航している株主間協定の交渉を続け、敵対的大株主となる可能性を残した形で経営参加を認めるよりも、本件株式を買い取ることが有利な選択肢ではないかと考え、平成九年一月末ころ、社長秘書山本義博(以下「山本」という。)を中心とするプロジェクトチームに対し、本件株式の買取りをめぐる問題点の検討を指示した。

(二) 朝日新聞社のプロジェクトチームは、同年一月末ころから同年二月末にかけて、情報収集を行うとともに関係役員とその分析を行った。まず、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った際の価格について慎重に確認した。その結果、次の事実が確認された。

①ソフトバンクらは、朝日新聞社に対し、前記株主間協定の交渉の場において、旺文社から本件株式を実質的に購入した際の代金額が四一七億五〇〇〇万円である旨何度も確認していること

②ソフトバンクの平成八年一一月二六日付け投資家向け説明資料に、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)の株式取得の際にソフトバンクが支払う予定の代金の額が右の四一七億五〇〇〇万円の半額に当たる二〇八億七五〇〇万円と記載されていること

③ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアは、平成八年九月三〇日現在の貸借対照表(乙二九の二)に、未払金二九〇億六七七五万円(ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアがオウブンシャ・アトランティック・ビーブイ又はJG―コーポレーションビーブイから全国朝日放送の株式三五五九株を購入した際の代金額に手数料を加えた額)を計上するとともに、保有有価証券(本件株式のみ)の簿価三七四億四八五五万円を計上していること(右簿価は、旺文社から直接買い受けた一五七七株の簿価に、今回オウブンシャ・アトランティック・ビーブイ又はJG―コーポレーションビーブイから買い受けた三五五九株の価格[二八九億三二七五万円]を加算した金額である。)

④ソフトバンクは、株式会社ソニーに対してソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアに資本参加することを求めているところ、ソフトバンクがその際に申し出た価格は、同社において公表している本件株式の買取価格四一七億五〇〇〇万円を買取株式数で除した一株当たりの価格を基準としていること

(三) 朝日新聞社の関係役員及びプロジェクトチームは、その上で、本件株式の買取価格について、次のとおり検討した。

①平成七年の旺文社との交渉並びに全国朝日放送の株式の上場シミュレーションのため従前入手してきた全国朝日放送の株式の評価額に関する資料(朝日監査法人の平成七年七月二〇日付け鑑定評価書[乙二〇]、大和証券株式会社の平成八年六月付け評価書[乙二一])などによると、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った際の価格は、類似業種比準法、時価純資産法等により算定される価格を相当程度上回る。

②未公開株式の売買においては、税法上、直近の売買事例が優先されるところ、ソフトバンクらが本件株式を取得するために必要な資金の決済が最終的に完了したのは、平成八年一二月二日であり、直近の売買事例に当たる。

③ソフトバンクらと旺文社との間における本件株式の売買の代金額について、いわゆる店頭登録会社であったソフトバンク(現在は証券取引所に株式を上場している)の違法性を問題にする意見はない。

④いわゆる支配株式については類似会社比準法などにより算定した株価を上回るいわゆるコントロール・プレミアム付きの価額で売買が行われることがある。

⑤ソフトバンクらとの間の前記交渉の過程でソフトバンクらが株式の買増しの権利の留保に固執したことは、朝日新聞社にとって全国朝日放送における従来の経営上の主導的な立場を確保できるかどうかにかかわる重要な問題であり、本件株式の買取りに当たって、その代金額は、コントロール・プレミアムを加算したものにならざるを得ない。

⑥テレビ放送事業は免許を受けなければならず、新規参入が困難な業種であるところ、全国朝日放送は、系列のネット局とともに全国ネット網を形成しており、しかも、全国朝日放送は、大規模再開発計画のある東京都港区六本木地区に広大な土地を所有するとともに、将来のBS、CSテレビ時代に再利用が可能な膨大なコンテンツ・ソフトを保有しているところ、その企業価値を検討する際には、こうした有形、無形の資産についても考慮すべきである。

⑦マードック側から、本件株式を譲渡する意向はあるが、旺文社からの買取価格と同額でなければ譲渡しないとの強い意向が伝えられている。

(四) 朝日新聞社の関係役員及びプロジェクトチームは、朝日新聞社が全国朝日放送の株式(本件株式)を実質的に取得した場合、朝日新聞社が既に保有している株式とあわせると、全国朝日放送に対する持株比率が五〇パーセントを超えて系列テレビ局の免許更新に支障を生じかねないという電波法上の問題点があることを把握したが、ソフトバンクらがソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの発行済株式の全部を売却するという方法でなければ、全国朝日放送の株式の売却には応じないことが予想されていた。そこで、被告笹井輝雄は、同年二月、電子電波メディア担当の君和田正夫(以下「君和田」という。)に指示して、マスメディア集中排除原則に反する意思が全くないにもかかわらず、本件取引により朝日新聞社の全国朝日放送における実質的持株比率が五〇パーセントを超えることに伴い、系列のネット局の免許の維持、更新その他に何らかの法的支障が生じないかについて、郵政省の判断を確認するよう指示したところ、郵政省の放送行政の担当者は「実質的に五〇パーセントを超えて株式を取得することが、あくまでも緊急避難的措置と考えられるので、次の免許の更新時である平成一〇年度までになるべく速やかに持株比率を五〇パーセント未満にするようにしてもらいたい。」旨の意向であることを確認したとの報告を受けた。

(五) 朝日新聞社は、同年二月二〇日に専務会(出席者・代表取締役社長である松下、代表取締役[専務]取締役[事業統括]である被告広瀬通貞及び[専務]取締役[経理担当]である被告笹井輝雄)を開催し、電子電波メディア担当の君和田及び社長秘書役の山本から、ソフトバンクらとの株主間交渉の経緯、関係役員及びプロジェクトチームが収集した情報及びその分析結果の報告を受けた。その上で、本件株式の実質的取得の可否、その電波法上の問題及びこれを解消するための安定株主に対する株式の譲渡の方法、資金の手当てなどについて協議した。その結果、専務会において、朝日新聞社の前記経営目標を達成するためには、本件株式を取得して全国朝日放送の株主構成を安定させることが不可欠であり、ソフトバンクらがソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの買収を通じて本件株式を実質的に購入した際の価格に近い価格を上限として買取りの交渉を進めることが決定された。

(六) 朝日新聞社は、同年二月二八日に専務会(出席者は同月二〇日の専務会と同じである。)を開催して、マードックとの会議の日程、マードック側の本件株式を売却する条件、売買価格、電波法上の問題を解消するための安定株主に対する譲渡の方法等について協議し、同月二〇日開催の専務会において決定された交渉方針を確認した。

(七) 朝日新聞社は、君和田及び山本が中心となって、マードック側との間で、本件株式の売買について交渉を重ねた。

そして、松下は、マードック及び孫正義との間で、同年三月三日、①ソフトバンクらは、朝日新聞社に対し、本件株式を売却すること、②代金額については、保有期間中の金利等を上乗せすることなく、ソフトバンクらが旺文社から買い取った際と同一の額とすること、③売却の条件、方法については、更に実務的な交渉を行うことなどを内容とする基本的な合意に至り、覚書を交わすこととなった。

(八) 朝日新聞社は、同年三月三日、専務会、臨時常務会及び臨時取締役会を開催し、さらに同月二七日、拡大常務会及び定例取締役会を開催し、ソフトバンクらから本件株式を実質的に買い取ることを内容とする取引(本件取引)につき協議し、出席した取締役全員の賛成による承認を得て手続を進めた。松下ら取締役のうち、右専務会等に出席した者は、別紙「取締役会等出欠表」記載のとおりである。

(九) まず、同年三月三日午前の専務会において、松下及び君和田から、ソフトバンクらから本件株式を実質的に買い取ることなどを内容とする基本的な合意が成立した旨の報告がされた上、代金額をソフトバンクらが旺文社から買い取った金額(四一七億五〇〇〇万円)と同一とすることが承認された。

ついで、同日午後に開催された臨時常務会において、松下から、本件株式の買取りの必要性、交渉の経緯、電波法上の問題点などについて報告がされるとともに、出席者間で、取得価格や資金の手当て、安定株主への株式譲渡の方法などについて討議がされた後、ソフトバンクらとの間で本件株式の譲渡に関する覚書を交わすことが承認された。

さらに、その後同日午後に開催された臨時取締役会において、松下は議長を務め、①ソフトバンクらから本件株式を買い取ることが全国朝日放送及びその系列テレビ局の経営の安定及び発展のために欠かせないものであると判断し、買取りについて、ソフトバンクらとの間で合意が成立したこと、②代金額については、ソフトバンクらが本件株式を買い取った際の四一七億五〇〇〇万円とすること、③買取りの方法などについては、今後、実務的な交渉を行うことなどを説明して諮った。そして、出席監査役から、右買取りに伴う電波法上の問題点及び全国朝日放送の主要株主である東映との連絡について質問があったことから、松下は、それぞれ、「右買取りにより持株比率が一時的に五〇パーセントを超えることは、行政当局もやむを得ないと判断すると思う。今後、系列テレビ局や一般企業に対して株式を譲渡して持株比率を下げていきたい。」旨及び「東映とは連絡をとっている。」旨の答弁をした。これ以外には特に質問及び意見はなく、右買取りの件は、出席取締役の全員一致をもって承認可決された。

その上で、朝日新聞社は、同日、ソフトバンクらとの間で覚書を交わした。

(一〇) 朝日新聞社は、ソフトバンクらとの間で前記基本的な合意が成立すると、直ちに、山本に指示して、合意に基づく本件株式の実質的な買取価格が適正であることを確認するため、株式会社富士銀キャピタルに株価の算定を依頼した。同社は、平成九年三月五日、朝日新聞社に提出した株価算定表において、類似会社比準法による株価算定を行い(類似会社・NTV及び「TBS」、算定の基礎となる両社の株価・同年二月二八日の終値)、配当、純利益及び純資産の三要素を考慮した場合、五六六万〇四〇〇円に二割の減額を行った一株当たり四五二万八三二〇円、純利益及び純資産の二要素を考慮した場合、七二六万二四〇〇円に二割の減額を行った一株当たり五八〇万九九二〇円と算定される旨報告している。

そして、君和田、山本並びに朝日新聞社の経理・法務部門の担当者、顧問会計事務所及び顧問弁護士からなる約一〇名の交渉団は、ソフトバンクらの交渉団(弁護士及び公認会計士を含む。)との間で、本件株式の譲渡契約の交渉を開始し、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った際の契約書(マードック及び孫正義が旺文社からソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア[旺文社メディア]の株式を購入した際の契約書、並びに旺文社メディアがJG―コーポレーションビーブイから全国朝日放送の株式を購入した際の契約書)、支払通知書(ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの預金口座からJG―コーポレーションビーブイの預金口座に現金二八九億三二七五万円を振り替えた旨の銀行発行の支払通知書)、外国為替及び外国貿易法関係の報告書などの資料を精査し、ソフトバンクらが旺文社に対して支払った金額が四一七億五〇〇〇万円であること、その後ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアに偶発債務等の負担が発生していないことを確認するとともに、旺文社の監査法人に対し、旺文社とソフトバンクらとの間の本件株式の取引の内容やソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの会計処理などについて確認した。

なお、ソフトバンクらの交渉団は、朝日新聞社の交渉団に対し、右交渉の過程で、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を取得した際と同様の手法で朝日新聞社がソフトバンクらから本件株式を取得するよう要求するとともに、右交渉の最終段階において、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの発行済株式の全部を売却するという方法でなければ、全国朝日放送の株式の売却には応じられない旨強く主張した。

なお、山本は、朝日新聞社の顧問会計事務所、顧問弁護士のほか、銀行、証券会社の関係者との間で、ソフトバンクらとの間の契約書の内容や本件株式取得後の問題について協議したところ、右の者らから、本件株式の取得価格について問題を指摘されたことはなかった。

(一一) 朝日新聞社は、平成九年三月二七日、拡大常務会を開催した。席上、被告笹井輝雄及び君和田から、本件株式取得の方法、電波法上の問題、資金計画などについて詳細な報告がされるとともに、出席者間で、安定株主に対する譲渡の方法などについて討議がされた後、本件株式の買取り及び資金計画に関する案件が承認された。

ついで、同日、定例取締役会を開催した。松下は、議長を務め、①朝日新聞社は、長期ビジョンで「メディア複合体への飛躍」を目指しており、その長期的なメディア戦略の展開、全国朝日放送及びその系列テレビ局の経営の安定及び発展、並びに全国朝日放送の株式の散逸の防止のために、本件株式を保有するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの発行済株式の全部を買い取ることが不可欠であること、②右買取りの方法としては、ソフトバンクらが全国朝日放送の株式(本件株式)を取得した方式をそのまま受け継ぎ、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの発行済株式の全部を代金一二八億一七二五万円で買い取るとともに、ソフトバンクらに対するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの借入金(仮払金)二八九億三二七五万円を「肩代わり弁済」することなどを説明して諮ったところ、右買取りの件は、出席取締役の全員一致をもって承認可決された。

(一二) 松下は、朝日新聞社の代表取締役として、ソフトバンクらとの間で、平成九年三月二八日、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアに対し、ソフトバンクらに対する借入金債務二八九億三二七五万円の弁済資金を貸し付けるとともに、ソフトバンクらから、その保有するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの発行済株式の全部を代金一二八億一七二五万円で買い受けることを内容とする契約書を交わし、同年三月三一日と四月一日の二回に分けて合計四一七億五〇〇〇万円の支払いを終えた(本件取引)。

ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアは、その当時、本件株式を保有するほかは、特にみるべき資産を有していなかったから、本件取引は、実質上、本件株式を代金四一七億五〇〇〇万円(一株当たり八一二万八八九四円)で購入したことに相当する。

そして、朝日新聞社は、本件取引により、実質上、全国朝日放送の株式を合計一万三三三一株(持株比率五五・五五パーセント)保有することとなった。

なお、右代金のうち三〇〇億円については金融機関からの借入れにより、残額については自己資金によりそれぞれ賄った。右三〇〇億円については、平成一二年から平成一六年までの間に返済することを予定した。

6  本件取引後の状況等

(一) ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアは、平成九年四月一日、商号を「朝日情報サービス株式会社」と変更するとともに、本店所在地を朝日新聞社の東京における支店の所在地に移転した。

(二) 朝日新聞社の子会社である株式会社衛星チャンネル(以下「衛星チャンネル」という。)は、平成九年九月五日、朝日情報サービス株式会社を吸収合併し、同社は解散した。この結果、衛星チャンネルは、全国朝日放送の株式五一三六株を保有する株主(持株比率二一・四パーセント)となるとともに、合併前の六〇億円強の貸金債務に加え、本件取引によりソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアが借り入れた前記弁済資金二八九億三二七五万円の合計約三五〇億円の債務を朝日新聞社に対し負担することとなった。

衛星チャンネルは、平成九年九月から一〇月にかけて、全国朝日放送の株式のうち合計一四五二株を全国朝日放送の株主三社、朝日新聞社及び全国朝日放送の関連会社四社、金融機関三社の合計一〇社に代金約一一八億円(一株当たりの代金八一二万八八九四円)で売却し、右代金は朝日新聞社に対する債務の弁済に充て、さらに、朝日新聞社に対し、右残債務約二三二億円の弁済に代えて、保有する全国朝日放送の株式二八五〇株を譲渡(代物弁済)した。

この結果、朝日新聞社は、全国朝日放送の株式を、自社名義で一万一〇四五株、衛星チャンネル名義で八三四株、以上合計一万一八七九株を実質的に保有することとなり、その持株比率は四九・五パーセントと五〇パーセント以内に止まることになった。

(三) その後、全国朝日放送は、平成一〇年三月二〇日、発行価額を一株につき七四九万円、募集の方法を第三者割当てとする額面株式一九一〇株の新株発行と、発行価額を一株につき五三三万円、募集の方法を第三者割当て、割当てを受ける者をテレビ朝日社員持株会とする額面株式九〇株の新株発行を行ったが、その際、朝日新聞社は、一〇〇株の割当てを受けこれを取得した。その結果、朝日新聞社は、自社名義で一万一一四五株、衛星チャンネル名義で八三四株、以上合計一万一九七九株を実質的に保有することとなり、持株数は増加したが、持株比率は四六・〇七パーセントに低下した。

(四) 平成一〇年一〇月二七日に開催された電波監理審議会において、全国朝日放送及びその系列のネット局の免許更新が承認された。これを受けて、全国朝日放送及びその系列のネット局は、同年一一月一日付けで郵政大臣から再免許を与えられた。

(五) なお、原告らは、ソフトバンクらが有価証券報告書の訂正を行っていることを根拠に、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った価格については疑義がある旨主張する。しかしながら、訂正の経緯については一応納得のできる説明がされている上、訂正後の数値はソフトバンクらの買取価格が四一七億五〇〇〇万円であるとのソフトバンクらの説明に沿っており(ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの全株式の買取価格の半額に当たる約六四億〇八〇〇万円が計上されている)、原告ら指摘の事実は、前記認定を左右しない。

二  本件取引が法令・定款に違反するか否かについて判断する。

1  電波法(昭和二五年法律一三一号)は、七条二項四号で、郵政大臣は、放送をする無線局の免許を与えるに当たっても、また、免許の有効期間である五年(一三条一項、同法施行規則七条)満了の際に再免許を与えるに当たっても、申請が郵政省令で定める放送をする無線局の開設の根本的基準に合致しているかどうかを審査しなければならない旨を規定している。電波法七条の規定の委任に基づく、「放送局の開設の根本的基準」(昭和二五年電波監理委員会規則二一号。以下「開設基準」という。)は、九条一項で、「放送局は、放送をすることができる機会をできるだけ多くの者に対し確保することにより、放送による表現の自由ができるだけ多くの者によって享有されるようにするため、「①その局以外の放送局に係る一般放送事業者、②一般放送事業者を支配する者、③①及び②の者により支配される者等以外の者が開設するものでなければならない(以下「マスメディア集中排除原則」という。)」旨を定め、五項及び六項で、「支配とは、一の者が法人又は団体の議決権の一〇分の一を超える議決権を有すること等をいう。ただし、その局の免許を受けようとする者が右②又は③の者である場合であって、その局の放送に係る放送対象地域と、自己に属する他の放送局の放送に係る放送対象地域とが重複しない場合においては、一の者が法人又は団体の議決権の五分の一以上を有することをいう。」旨を定めている(なお、電波法関係審査基準参照)。

もっとも、電波法七条及びその委任に基づく開設基準は、開設時、すなわち免許又は再免許の申請の時点で満たすべき要件を掲げたものであり、免許の有効期間中存続維持することを要する要件を定めたものではないものと解するのが相当であるから、マスメディア集中排除原則を一時的に充足しない状態になったとしても、直ちに開設基準に反し、違法との評価を受けることはない。そして、電波法七六条一項及び二項は、郵政大臣が無線局の運用の停止、免許の取消等の行政処分を行う権限を有する旨を規定しているけれども、一時的に根本基準を充足しなくなったことは、開設基準に違反するとはいえないから、七六条による行政処分を受けるべき場合にも当たらないことになる。

しかしながら、免許期間中に開設基準を満たさなくなった場合には、免許の有効期間が満了し再免許の申請を行う時点までに、開設基準を満たすべく措置を取らなければならないことになるし、電波法がマスメディア集中排除原則を定めた趣旨に照らすと、免許又は再免許の申請の時点のみでなく、免許の有効期間中継続的に右原則が維持されることが望ましいものと言うべきである。

2  朝日新聞社は、前記認定のとおり、本件取引により本件株式を保有するソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア(旺文社メディア)(朝日情報サービス)の発行済株式の全部を取得した結果、全国朝日放送の議決権の二分の一を超える議決権(五五・五五パーセント)を有することとなるから、前記規定によると、放送局を開設しようとする者について、全国朝日放送と朝日新聞社の有する議決権とを合算して、開設基準九条五項、六項が定める一〇分の一又は五分の一の基準を超えるか否かが判断されることとなり、その結果、全国朝日放送系列のネット局の中で、電波法七条二項四号に適合しないことを理由に、再免許を受けられないところが出てくるおそれがあった。

この点、朝日新聞社は、平成九年二月ソフトバンクらとの具体的な買取交渉が始まった当初のころから、本件株式を実質的に取得することにより電波法上の問題が生じかねないことを認識し、郵政省の放送行政の担当者に相談するとともに、本件株式を取得した後遅滞なく超過分を安定株主に譲渡することにより実質的な持株比率が五〇パーセント以内となるよう計画を立て、朝日情報サービス(ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディア)(旺文社メディア)を吸収合併した衛星チャンネルが、平成九年九月から一〇月にかけて全国朝日放送の株式合計一四五二株を全国朝日放送の株主、朝日新聞社及び全国朝日放送の関連会社、金融機関合計一〇社に売却することにより、朝日新聞社の実質的な持株比率を四九・五パーセントと、五〇パーセント以内に止め、その結果、平成一〇年一〇月二七日に開催された電波監理審議会において、全国朝日放送及びその系列のネット局の免許更新が承認され、郵政大臣により、同年一一月一日付けで全国朝日放送及びその系列のネット局の再免許が与えられている。

このように、朝日新聞社は、本件取引により朝日新聞社の全国朝日放送における実質的持株比率が五〇パーセントを超えることとなった場合でも、電波法の趣旨に沿うべく、その実質的持株比率を五〇パーセント以内とする措置を講じてマスメディア集中排除原則に抵触する状態を解消しようと努め、速やかにそれを実行し、結果的にも郵政大臣による全国朝日放送の系列のネット局に対する再免許の付与を実現している。

3  以上の次第で、本件取引は、電波法に違反するものではないし、本件株式の取得を検討し始めてからマスメディア集中排除原則に抵触する状態が解消するに至るまでの経過に照らすと、本件取引が朝日新聞社の定義に反するとも言えない。

三  次に、善管注意義務又は忠実義務に違背したか否かについて判断する。

1  取締役は、その職務を遂行するに当たり、法令、定款の定め及び株主総会の決議を遵守することを要するが、それのみでは十分ではなく、会社経営を委ねられた専門家たる取締役としての善管注意義務及び忠実義務を果たすことにより、会社及び全株主の付託に応えることを要する。会社は、営利を目的とし(商法五二条)、かつ一般に永続的に存続することを予定しているから、長期的な視点に立ち、全株主にとって最も利益となるように職務を遂行しなければならない。

もっとも、時々刻々変化する現在の取引社会において、取締役がその職務を遂行するに当たっては、その時々の市場の動向、会社の事情、会社の属する業界の状況、我が国のみならず国際的な情勢等、様々で相互に影響し合いかつ流動的な考慮要素を的確に把握するとともに総合的に評価し、短期的・長期的将来予測を行い、時機を失することなく経営の判断を積み重ねていかなければならない。専門家たる取締役に経営を委ねることが結局のところ全株主の利益につながるという考慮から、取締役制度が設けられているのも、正にそのためであり、取締役には、広い裁量が与えられているものと言うべきである。

したがって、取締役の過去の経営上の措置について、その取締役の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、また、その意思決定の過程、内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものといえない限り、その措置に係る経営判断は、裁量の範囲を逸脱するものでなく、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違背するものではないと解するのが相当である。

2  朝日新聞社は、前記認定のとおり、ニューメディア時代の到来が叫ばれる中で、新聞事業以外の営業による収入の割合を高めることによって新聞事業の基盤を固め、長期的に新聞事業の将来を保障するという長期ビジョンを策定し、単一商品依存型の経営から脱皮して総合情報産業化を目指し、さらに、平成八年一月には「朝日ビジョン二〇一〇」という長期的な経営計画を策定し、主力媒体である新聞を更に強化する一方、電子電波メディアの育成に努めることを目指していた。そして、電子電波メディアの育成に当たっては、朝日系テレビネットワークのキー局である全国朝日放送と緊密な連繋が欠かせないと考えていた。ところが、経営風土やメディア戦略についての基本的な考え方を異にするソフトバンクらが事前の予告をしないまま、全国朝日放送の株式譲渡の制限規定の適用を回避する方法で本件株式を取得し、敵対的な大株主として突如登場し、朝日新聞社が求める内容の株主間協定の締結に応じないという、朝日新聞社の長期的な経営計画に重大な障害となりかねない事態が生じた。このような困難な状況の中、本件株式を、ソフトバンクらが旺文社から実質的に買い取った価格及び方法であればソフトバンクらから買い取ることができることとなり、松下らは、本件株式を右条件で買い取るか、買い取らないかという、朝日新聞社の将来を左右する重大な岐路に立ち、朝日新聞社の長期的な経営計画を実現するという観点から、買い取るという決断をしたものである。

3  原告らは、朝日新聞社が、平成七年度長期総合計画において、全国朝日放送の株式を取得する計画はなく、電波関係の投資も四〇億六〇〇〇万円を見込んでいたにすぎないことを指摘し、また、全国朝日放送の経営及び株主構成の安定を図るためには、東映との協力関係を強化するという方法が最も有効である、朝日新聞社がソフトバンクらとともに全国朝日放送を経営していく上でいかなる支障があるのか明らかでないなどと主張し、「メディア複合体への飛躍」という長期経営戦略上の目的を達成するためには、本件株式を取得する必要性はない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、朝日新聞社は、平成七年度長期経営計画を策定した後、平成八年一月に全国朝日放送との関係の維持、強化を前提とする新しい経営計画「朝日ビジョン二〇一〇」を策定しているのであるし、そもそも平成七年度長期経営計画を策定した時点と、本件取引を行うことを決断した時点とでは、経営環境が全く異なるのであって、原告らの指摘は当を得ないものである。すなわち、朝日新聞社は、東映を通じて行われた協議が不調に終わった時点においても、旺文社を含む全国朝日放送の大株主の間では、全国朝日放送の株式上場のための環境整備を急ぎ、上場前には株式を売却しないということで意見が一致しているものと考えていたところ、旺文社が全国朝日放送の実質上の筆頭株主である朝日新聞社に事前の了解を求めることなく、ソフトバンクらに本件株式を実質的に譲渡するという想定外の事態が惹起したのである。

松下らは、東映がソフトバンクらと協力関係を築き、全国朝日放送における朝日新聞社の主導的な立場が脅かされる可能性をも想定した上で、最も適切な選択は何かという観点から本件取引を行ったのであり、原告主張のように、従前の取引社会において一般的に適用した慣行に従い、東映を頼みとし、東映との協力関係を強化するという方法が全国朝日放送の経営及び株主構成の安定を図るために最も有効な措置であるとは必ずしも言えない。

さらに、前記認定のとおり、朝日新聞社は、ソフトバンクらとの間で、平成八年一〇月から、全国朝日放送の経営や株式保有のあり方などについて株主間協定の交渉を行ったが、全国朝日放送の経営における朝日新聞社の主導的立場を確保するため朝日新聞社が要求する条件をソフトバンクらが受け入れず、交渉が膠着状態になったのであるから、朝日新聞社がソフトバンクらとの協力関係の樹立を困難と判断したことは、相当の理由があるということができる。

4  前記認定のとおり、朝日新聞社は本件取引により、本件株式五一三六株を四一七億五〇〇〇万円で実質的に買い取ったものであり、一株当たりでは八一二万八八九四円で買い取ったことになる。

原告らは、価格が、簿価純資産法、収益還元法、類似会社比準法による評価額と比べ、不当に高額であると主張する。

確かに、前記認定のとおり、朝日新聞社は、全国朝日放送の株式の評価額に関する資料として、朝日監査法人の平成七年七月二〇日付け鑑定評価書(平成七年三月現在一株当たり三二一万九〇〇〇円)、大和証券株式会社の平成八年六月付け評価書(平成七年三月現在一株当たり三九一万円[時価純資産法による概算]又は二一七万一〇〇〇円[類似業種比準法]、平成八年三月現在一株当たり三八〇万四〇〇〇円[時価純資産法による概算]又は二九八万一〇〇〇円[類似業種比準法による概算])などを入手しており、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った額の価格が、類似業種比準法、時価純資産法等により算定される価格を相当程度上回ることを十分認識しつつも、これによることなく、本件取引を行っている。

また、朝日新聞社は、ソフトバンクらとの間で基本的な合意が成立した後に、合意に基づく本件株式の実質的な買取価格が適正であることを確認するため、株式会社富士銀キャピタルに株価の算定を依頼し、平成九年三月五日株価算定表を入手しているけれども、この資料においても、本件取引の買取価格を下回る評価がされている(同年二月現在、配当、純利益及び純資産の三要素を考慮した場合四五二万八三二〇円、純利益及び純資産の二要素を考慮した場合五八〇万九九二〇円)。

加えて、当法廷には、このほか、原告らからは、平成九年三月現在四四二万七三八一円(類似会社比準法[山一證券経済研究所方式])、平成八年三月現在三一五万七五五九円(簿価純資産法)、平成九年三月現在三四一万六二三四円(簿価純資産法)、平成九年三月現在二二四万二五〇〇円(公認会計士澤昭人[相続税法の規定による類似業種比準価格])とする各評価書が提出され、被告らからは、朝日新聞社の社長秘書役の山本が作成した評価書が提出されている。

ところで、証券取引所へ上場されず店頭登録もされていないいわゆる非上場株式については、会社の事情、評価の目的、場面等に応じて様々な評価の方法が考案されており、方法により評価額が異なるのであり、自ずから評価額にはある程度の幅を免れない。このことは右のとおり原告ら、被告ら双方から提出されている証拠から明らかである。

しかも、一般に取引相場のない場合、取引価格は交渉当事者間の、相対の交渉で形成、決定されることになるのであり、様々な評価方法はこの交渉を行うに当たっての参考資料となるにとどまることにならざるを得ない。

本件取引においても、いわゆる非上場株式である本件株式を実質的に買い取るに当たっては、朝日新聞社の経営目標における本件株式取得の必要性を考慮しつつ、相手方との交渉を経て決定されるものであるとすると、右価額の評価自体、正に、長期的な視野に立って、諸事情を総合考慮して行うべき場合であり、専門的かつ総合的な経営判断が要求されるというべきものであって、取締役らに委ねられる裁量の範囲も広いと解せられる。

前記認定の事実関係によれば、朝日新聞社は、マードック側が本件株式を譲渡する可能性があるという確度の高い情報を入手すると、社長秘書役の山本を中心とするプロジェクトチームに指示して、まず、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った際の価格がソフトバンクらが公表している四一七億五〇〇〇万円と同額であることを慎重に確認させた。しかも、ソフトバンクらとの間で基本的な合意が成立した後、君和田、山本並びに朝日新聞社の経理・法務部門の担当者、顧問会計事務所及び顧問弁護士からなる約一〇名の交渉団が、ソフトバンクらの交渉団(弁護士及び公認会計士を含む。)との間で、本件株式の譲渡契約の交渉を行うに当たっても、まず、ソフトバンクらが旺文社から本件株式を実質的に買い取った際の契約書、支払通知書等の一次資料を精査し、ソフトバンクらが旺文社に対して支払った金額四一七億五〇〇〇万円であることを再度確認している。

しかも、ソフトバンクらは、旺文社から実質的に買い取った際の価格と同額以上の価格でなければ本件株式を朝日新聞社に実質的に譲渡しないとの強い意向を表明し、これに固執していた。非上場株式を相対交渉で買い取るに当たり、相手方が当該株式をわずか九か月前に買い取り、四か月前にその代金の決済を終えたばかりである場合に相手方が右買取価格を最低額として固執することは自然であるから、朝日新聞社としては、ソフトバンクらが要求する最低条件で本件株式を実質的に買い取るか、買取りを断念するかを決断せざるを得なかったのである。

加えて、前記認定のとおり、本件取引後、衛星チャンネルが、平成九年九月から一〇月にかけて、全国朝日放送の株式一四五二株を全国朝日放送の株主、朝日新聞社及び全国朝日放送の関連会社、金融機関の合計一〇社に売却したが、その価格が一株当たり八一二万八八九四円と、本件取引における価格と同額であったこと、したがって、朝日新聞社は、本件株式の処分により何ら損失を被っていない上、金融機関等において平成九年九月から一〇月の時点とはいえ、本件取引における価格を相当であると判断していることがうかがわれること、さらに、全国朝日放送が、平成一〇年三月二〇日、募集方法を第三者割当てとして額面株式一九一〇株の新株発行を行った際の発行価額が一株につき七四九万円であり、本件取引における価格に比較的近い価格であったこと等の諸事情を併せ考慮すると、松下らが、朝日新聞社の長期的経営計画において欠くべからざるものであるという経営判断に立ち、本件株式をソフトバンクらの買取価格と同一の価格で買い取ったこと(本件取引)は、その裁量の範囲を逸脱するものではないものと言うべきである。

なお、原告らは、東映が全国朝日放送の持株数を三五八二株から五〇二二株に増やしていることをもって、これが直近の取引事例に当たるのではないかと主張し、《証拠省略》によれば、東映は、平成八年一〇月岡田茂及び山田亘良名義の全国朝日放送の株式を東映名義に変更したことが認められるけれども、その取引における代金額でソフトバンクらから本件株式を買い取ることができたと認めるべき事情は証拠上全く認めがたいから、原告らの主張は、理由がない。

また、原告らは、平成七年の旺文社との本件株式の買取交渉の際、被告中江利忠ら当時の経営陣が旺文社に対し二〇〇億円の価格を提示しており、被告中江利忠ら当時の経営陣が二〇〇億円を超える価格で本件株式を取得することは割に合わず妥当でないと判断していた旨主張する。しかしながら、前判示のとおり、朝日新聞社が、旺文社に対し、正式かつ具体的な価格の提示を行ったと認めるに足りる証拠はないから、原告らの主張はその前提を欠く。また、仮に、二〇〇億円の価格を非公式に打診していたとしても、売買の交渉の買手が当初は安い価格を示して駆け引きを行うことは通例のことであるから、二〇〇億円の価格を打診していたことが、直ちに、これを上回る価格による買取りを割に合わないと解していたことを意味する訳でもない。さらに、従来から協力関係にあった旺文社との交渉における打診額が、時期、交渉相手等の諸条件を全く異にする本件取引の価格決定において、大きな意味を持つとは考えがたい。

なお、電波法のマスメディア集中排除原則によって全国朝日放送の本件株式の買取価格の相当額には上限が定められるとの原告らの主張は、理由がない。

以上の次第で、本件取引により、本件株式五一三六株を四一七億五〇〇〇万円(一株当たり八一二万八八九四円)で実質的に買い取った松下ら取締役の経営上の判断については、価格の点において、取締役としての裁量の範囲を超えたものとは認められない。

5  原告らは、本件取引の規模が相対的に過剰であると主張し、本件株式の実質的な買取価格が朝日新聞社の平成八年三月三一日現在の純資産額四三三億八六〇〇万円に匹敵すること、朝日新聞社には他に投資すべき課題があり、本件取引は資産配分を誤るものであるなどと主張する。

確かに、朝日新聞社の第一四三期営業年度(平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで)及び第一四四期営業年度(平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで)における資産、負債(短期借入金、一年以内返済の長期借入金、長期借入金)、売上高、経常利益の各金額に照らし、本件取引に当てた資産四一七億五〇〇〇万円が軽視し得ない多額のものであることはそのとおりであろう。また、前記認定のとおり、朝日新聞社は、この四一七億五〇〇〇万円のうち、三〇〇億円を金融機関からの借入れにより、残額については自己資金によりそれぞれ賄っているところ、借入金の金利負担は、低金利の時期とはいえかなりの負担となっていることもまた容易に推測される。

しかしながら、限られた会社の資金をいかなる使途に、どのような順序で充てるかは、会社の将来を左右しかねない重要事項であるとともに、専門的、総合的な経営判断を要求される場面であるから、取締役が広い裁量を有するものと考えられる。松下らは、繰り返し判示したとおり、朝日新聞社の長期経営計画にとって、全国朝日放送の本件株式を買い取ることが欠くべからざる重要案件であると考えこれを実行したものである。しかも、ソフトバンクらは、本件株式を一括して全てでなければ譲渡しない旨条件提示をしていたのであり、本件株式を全て買い取るか全て買い取らないかのいずれかを選択しなければならなかった。

前記認定のとおり、自己資産一一七億五〇〇〇万円については、本件取引後、衛星チャンネルが本件株式のうち一四五二株を代金約一一八億円で売却し、右代金を朝日新聞社に対する債務の弁済に充てているから、資金収支は均衡を回復している。また、金融機関からの借入金についても、多額であり、二〇〇六年度まで税引き前利益が赤字となる見込みであるものの、返済計画も立案されており、格別、朝日新聞社の経営の基盤を揺るがすほどのものであるとは証拠上認められない。

以上によれば、本件取引によって取得した全国朝日放送の株式数が過剰であり、松下ら取締役の裁量の範囲を逸脱したものとは言えない。

6  原告らは、取締役会における審議が不十分であったとも主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件取引は、平成九年三月三日及び同月二七日に開催された二回の取締役会で最終的に会社としての業務執行の決定がされているが、その前後の審議の経過をみると、朝日新聞社は、プロジェクトチームを組織して慎重に情報を収集し、担当役員とともにその分析を行い、平成九年二月二〇日及び二八日の二回の専務会で基本方針を決定し、交渉を重ねて基本合意に至り、同年三月三日の専務会、臨時常務会及び臨時取締役会における審議と承認を得た上、交渉団を組織してさらに交渉を進め、同月二七日の専務会、拡大常務会及び定例取締役会における審議と承認を得るなど、慎重に手続を進めていること、平成九年三月三日に開催された臨時取締役会においては、議長を務めた松下から事実関係の説明を行った後、出席監査役との間で、本件株式の買取りに伴う電波法上の問題点及び全国朝日放送の主要株主である東映との連絡に関する質疑応答がされるなど実質的な審議を行った上、本件取引を出席取締役の全員一致をもって承認可決したこと、同月二七日に開催された定例取締役会においても、議長を務めた松下から事実関係の説明を行った上、本件取引を出席取締役の全員一致をもって承認可決しているのである。

以上によれば、松下らが取締役会において本件取引を承認するに当たっては、十分な調査及び検討を踏まえ、必要な審議を行っているということができ、その意思決定の過程が特に不合理、不適切であるとは言えない。

7  以上のとおり、松下らが取締役会で本件取引を承認し、松下が本件取引を実行したことについて、松下ら取締役の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りはなく、また、その意思決定の過程、内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものとは言えないから、松下らの経営判断は、裁量の範囲を逸脱するものでなく、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違背するものではないと解するのが相当である。

第四結論

よって、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 桑原直子 小林邦夫)

<以下省略>

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